はとに豆鉄砲

SNS全盛期だからこそ、ブログが書きたくなりました。思いたったことを、たれ流すように書きます。 音楽の話とか、何かの感想を書いていきます。

【この世界の片隅に 感想】日常の一コマとしての戦争。 【片渕須直】

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はじめに

この世界の片隅にSNSで著名人を中心に話題がもちきりで、都内の映画館はどこも予約で埋まり立ち見上映も行ってる。戦時下の広島、呉でのすずの日常を描いた物語である。

こうの史代さんの漫画をいくつか持っていて、本作品の監督のマイマイ新子と千年の魔法もすきだったので観るしかないな、ということで23日の祝日に渋谷のユーロスペースに行ってきました。

日常の一コマとしての戦争

映画を観終わって何かを批評したり、感想が出てくるのとは別の感覚があった。自然とこの作品で描かれた世界が自分の心の片隅で記憶として残るような作品だった。

実写は小さな違和感に敏感になってしまうが、アニメは時に実写を超えたリアリティをもつ。それは描かれる世界が視聴者とかけ離れていればいるほど顕著であり、別の世界として距離を取ってしまいがちな戦時中を身近に感じさせてくれた。 広島や、戦時中を描いた作品は数多くあるが、この作品は戦争をあくまで日常の一コマとして捉えている。物語の真ん中にあるのはちびまる子ちゃんのようなほのぼの日常ストーリーである。

世にある殆どの作品は、戦争を特別視しすぎるがあまり他人事に感じてしまったり、体験していない自分には理解することがおこがましい世界であると、距離感を感じさせられてしまう。 また、スポットがあてられる主人公は、英雄であったり、戦争の被害者である。それに対して、この世界の片隅に」で描かれる人々は、戦争の参加者であり、生活の一部に戦争を内包している。まるで人生のライフイベントのように戦争がそこにあるのだ。

日常の中に戦争が入り込んできて、やがてそれが日常になる。爆弾が落ち人が死ぬ。息子は戦争行く、家族は軍隊で働いている。そんな生活を当たり前のこととして人々は受入れている。
思い返せば人の歴史は戦いの歴史なのだ。何千年も戦争をしてきたのが人間だし、猿の時代からなわばり争をしていた我々は戦争している方が自然なのかもしれない。むしろ今の方が人類の歴史の中では非日常的とも捉えられる。

細かな仕草の描写

本作では日常を描くにあたって、アニメとしての動きや仕草に徹底的に力が込められている。予告編でも幾つかそれを感じられるカットがある。

切った野菜を鍋に入れるシーンは朗らかで心地よくお腹がすいてくる。 キスのシーンは伝わってくるあたたかい愛情がリアルで、まるで現実のカップルのキスを盗み見しているような恥ずかしい気持ちになってしまった。

戦時中のレシピとか、もんぺの裁断なんかをコミカルなトーンで、具体的に説明しているのも面白くて、同時に当時の暮らしを具体的に想像ができた。絵的なリアリティーと辞書的なリアリティーのバランスが絶妙なのだ。

おすすめだから本当に観に行ってほしい!アニメという表現を噛み締められる、多幸感あふれる素敵な作品であると同時に、強い意志をもった作品だ。こんなにも生きている作品は滅多にない。

konosekai.jp

※ネタバレ有の感想は以下。

djkazma.hatenablog.com

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