はとに豆鉄砲

SNS全盛期だからこそ、ブログが書きたくなりました。思いたったことを、たれ流すように書きます。 音楽の話とか、何かの感想を書いていきます。

【感想】かぐや姫の物語 - 人間への全力の愛で、人間と人生を全肯定した国宝級の名作

国宝的作品

日本最古の物語と言われている竹取物語。正に国宝級作品である。それを日本が誇る、いや人類が誇るアニメスタジオのスタジオジブリが10年近くの時間と、50億ものお金と、人間離れした過酷な作業を経て、リメイクして素晴らしい作品にならないはずがない。このく品も文句なしの国宝である。時間もお金もスタッフもすごいけど、実際の所はそんなロジックで語るのは野暮である。どれだけ時間もお金もかけてもできないものがある。それを形にしてしまった。途方もない。

観終わった直後の感想

完全に圧倒されました。とにかく素晴らしかった。生きることの美しさ、人というものへの愛しさが胸の中で広がっていました。この映画の魅力を誰かに伝えたくて仕方がない。ネタバレも含んでいるのでぜひまずは映画を観ていただきたいですが、竹取物語が原作である限りすでに日本人にはストーリーがネタバレしているのと、作品の圧倒的な表現力の下にはどんなネタバレも及ばなくて、観てはじめて感じれる素晴らしさがある作品です。

それでもあえて感想を書きたいと思ったのは、批判的意見や否定も多い本作の魅力を一人でも多くの人に届けたいと思わずにいられなかったからです。下記から感想になります。

描かれ続ける人の欲とエゴ

冒頭はかの有名な「今は昔、竹取の翁という者ありけり」という語りからはじまり、原作へのリスペクトに感動します。ここから先は原作のストーリーをふまえながら豊富な肉づけ、再解釈に富んだ展開がはじまります。

本作では人のエゴや汚さを、ストーリーラインに頼らず、純粋に一人ひとりの人物を描く中で、まっすぐに表現しています。翁(おきな)と媼(おうな)はかぐやを見つけ帰ったとき、お互いに自分に都合よく解釈をして自分の子だと言い合うし、近所の子どもたちに急に育つ変なやつとして「たけのこ〜」とバカにされます。

バカにされてるとき、おきなはかぐやを応援するんですね。その応援の間抜けさと必死さと言ったら。完全にアイドルのガチ恋ヲタそのものの応援の仕方で、序盤から意外と現代的な表現をするのだな、と驚きました。

その後姫はどんどん育っていきます。やがて村の子どもたちとも仲良くなっていくのですが、「高貴な姫になること」が幸せだという翁の押しつけによって都へ行くことになり。ここからは社会の縮図が展開していきます。

翁は結局のところ「権威欲」の固まりで自然や命を愛するかぐやの思いなんてちっぽけも見ず、ひたすらに押しつけを続けます。かぐやの幸せとか言いながら正直自分の社会的地位が欲しいだけにしか見えません。

姫に教育係がついて、「高貴な姫」としての振る舞いを教育していくのですが、このやりとりを通して、「女性」が社会から押しつけられてきた事柄が描かれています。「男性」が求める女性像があり、「より権威のある男性」に「選ばれる女性」になるための教育が繰り広げられます。前提として男がいる、女性蔑視の思想です。

「汗をかくような運動はしないから眉毛をすべて抜く」だとか「歯を見せるように大笑いしたりしないから、お歯黒は見られない」だとか現代でも全てを変えて残っている「女性としてのおしとやかさ」を押しつける文化観が描かれます。

対象的に媼(おうな)は物語が進むに連れて、母性的な愛情でかぐやに関わるようになり彼女の本当の思いによりそうようになっていきます。2人を見ながら、母がいてくれることのありがたさを実感し、いかに母という存在が心の安心となっているのかを思い知らされました。

この後、原作の竹取物語でも印象的だった、たくさんの殿様がかぐやに求婚に来て、様々な「幻の宝」にかぐやを例えて、口説こうとします。それに対してかぐやは「その宝を持ってきた人と結婚する」という返しをするのです。ここが素晴らしくて、原作ではかぐやはわがままな姫のように表現されているのですが、本作では「本当の思い」を確かめるために出したお願いであると再解釈されています。

正確には、2つの意味があって、1つは誰とも結婚したくないから絶対に達成できない目標を設定したことでもう1つが殿の思いを確かめるためです。見たこともないものに例えて口説いているけれど、それを見たことがないのなら、自分への思いも実体のない空想じゃないか、というかぐやの思いなのです。

月に帰ること

その後かぐやは自分が月から来たことを思い出します。月=悟っている人たちによる極楽浄土の世界にいながらにして、地球への思いを馳せたが故に罪としてかぐやは地球に堕とされたのです。

ここで印象的だったのは、かぐやが地球への興味をいだいたきっかけは、月で歌を歌うとある人の影響で、その人は月にいながらにしてわずかながらでも地球への思いを残していたことです。

そして、かぐやは地球へ残りたいという思いとは裏腹に十五夜に月に帰ることが決まります。この後幼少期したっていた「捨丸にいちゃん」との再開のシーンがあります。ここでの作画と表現が圧倒的で、映像を見て生まれてはじめてため息がでる経験をしました。もはやこのシーンだけでも本作の存在価値がある言えます。しかし、このシーンは他のシーンがあるからこそより際立ち、何回も見れば見るほどより素敵なシーンに感じられるであることは間違いなく、あっぱれとしか言いようがありません。

そして、いよいよ月からお迎えが来ます。ここでのお迎えのシーンで描かれる雲などは歴史で見る絵巻にかなり忠実です。このラストシーンでここまでの全ての感覚がくつがえされます。

かぐや姫の地上での日々を通して表現した人間讃歌

天界の人々は完全にアッパーなやつらです。登場シーんの浮かれた音楽がシュールで仕方がない・・絶妙(笑)彼らはやっぱりすごい人たちなんですよ。というか人ではなく仏とかそういう次元の人です。マズローの欲求段階でいう「6次欲求の自己超越」の次元にたどりつき、更にその先の悟りに行っちゃってる人たちなんです。

彼らにむかって人間たちは矢を放ちますが、一瞬にして矢は美しい花々に変えられてしまいます。更に彼らは人の上位概念みたいな存在なので、仕返しに人を殺めたりしませんし、誰も一切傷つけません。人の成す全てのことが彼らにとっては取りとめのないことなんでしょうね。

釈迦のような彼は一言も喋らず悟ったオーラをかもしだし続けています。天女は人間界や人の感情や欲望を「けがらわしい」と表現します。しかし、かぐや姫は「けがらわしくない」と反発します。

このとき僕はものすごく共感して、ものすごく感動しました。姫の「けがらわしくない」という言葉に全く違和感なく共感できたことに驚きました。何故ならこの作品で描かれる人も社会もエゴと欲望ばっかりでみにくいところばかりです。かぐや姫は感情を失うことをおそれます。「怒りや悲しみ」こそが生であり、美しいものであると彼女は捉えています。そうなんです。この時、見ている自分もかぐや姫と同じように汚い部分もひっくるめて、人は愛おしいし、美しいと思っていたんです。

これはものすごいことだと思いました。ずっと人の汚いところばかり描いているのに徐々に認識が変わっていって、気づけばその全てを愛おしいと思ってしまっている自分がいるのです。もう一回見るのは正直疲れるから嫌だなって少し思うほどに嫌悪感を感じて、滑稽で尊敬できない人の方が圧倒的に多かったのに、その人たちすらも、その行為すらも自分の中の捉え方が変わってひたすらに愛おしい。

僕はこの作品を見たおかげで、見る前より人が好きになりました。人を許せるようになりました。人を肯定できるようになりました。人間は害悪だという考えが薄れて、人への愛しさが増しました。自分の中にも同じ汚さはたくさんあって、だけどそれも許せるように思えます。もうそれがただただありがたい。製作してくれた皆さんにただただ感謝しています。そしてこの作品を少しでも多くの人に観てもらいたい。そして受け取ってもらいたい。受け取れなかったとしてもまたいつかもう一度観て、受け取れるまで観てみて欲しいです。

あらゆる角度から人を描く。

もう一つ、本作で印象的だったのは、「人は自分のことを騙す」ということです。かぐや姫はファンタジーなので時にはそれが現実になります。印象的なのは媼が急に乳が出るようになった冒頭のシーン。自分こそが母だと思い込むことで、本当に身体も母乳が出るように変化する。これは自分を騙す象徴的シーンです。

その後は主に精神的な意味で自分を騙す人たちがたくさん描かれています。翁はひたすらかぐやに自分の価値観を押しつけているだけなのですが、「かぐやの幸せのため」と一貫して言っているんですね。典型的な老害的な言い訳で、実際のところ自分のやらせたいことをやらせているだけなんです。でも自分を見ないようにしているのか、認めていないのか、本当に彼はかぐやの幸せのためと錯覚しているんですね。というか途中からもはや何が本心なのか誰もわからない格好になっている。これは正に自分を騙すことだと思うんです。見方によってはかぐやを利用しているようにしか見えない翁ですが、やっぱり彼のかぐやへの思いはちゃんと愛なんですよ。それは最後の方の彼を見るとああ彼にとっては本当に愛なんだなあと思わされます。

「捨丸にいちゃん」がかぐやとの再会を夢と解釈するのも、状況が状況なこともあるのですが、やはり自分を騙していると思うんですよね。だって彼は妻子がいながらにして、かぐやとの逃避行を提案するのですから。夢にしてしまった方が都合がいいのです。いやーでも浮気だろうがなんだろうがかぐやとのシーンはめちゃめちゃ素敵だったなあ。惹かれ合う2人の多幸感をあんなに表現してるのは本当にすごい。

話がそれてしまいましたが、この自分を騙すという点が度々描かれているのも面白かったです。というか本作は本当にあらゆる角度から人を描いています。その一つ一つのリアリティがも純度もものすごく高いんです。

赤子を可愛いと思う人の感情。赤子が立ったり歩いたりしたときの感動。子供の前では無条件の愛でいっぱいになってしまう人の特性。この辺の感動もものすごく本物でした。

まとめ

僕にとってかぐや姫の物語は、人への全力の愛でもって、人生の素晴らしさを表現した人を全肯定する素晴らしい作品だと思いました。同様のテーマを持つ作品がある中で本作が際立って素晴らしいのは、人をこれでもかとリアルに描ききった上でこのテーマを表現したからだと思います。汚いところも綺麗なところも、むしろ汚い所の方がずっと多く、表現した上での、そういった現実も全て受け容れて愛せと言わんばかりの愛の暴力です。でもそれが全然無理がない。

人への深い洞察。制作者がおそらく人をものすごく愛していたこと、そして表現をする上で一切妥協をしなかったこと。これらが作品の魅力を更に引き上げています。しかもそれを日本最古の物語でリメイクでやってのけた。正に国宝にふさわしい唯一無二の映画ではないでしょうか。文句の言いようがない満点です。