はとに豆鉄砲

SNS全盛期だからこそ、ブログが書きたくなりました。思いたったことを、たれ流すように書きます。 音楽の話とか、何かの感想を書いていきます。

【感想】火花 - 2人の人生をまるで経験したように、心がチクチクしてたまらない。

Netflixドラマ版の火花を観た。本当に傑作だった。観れてよかった。

経験

まるで2人の人生を、時分自身が歩んだように錯覚する。

人生において、経験したことは心の片隅に積もっていって、時にそれが自分の糧になったり、恐怖になったりする。それが経験というやつだ。

この作品は、単に物語に触れたいう記憶でなく、まるで経験かのように自分の中に入り込んでくる。

理想と現実

圧倒的な才能と凡才の自分。その差の間で何度だって苦しむ。

評価されるためには自分の理想のまんまではいられないこと。世間と自分との壁。自分がやりたいことがわからなくなる。自分がやりたかったことの正しさがわからなくなる。

自分と自分の理想との壁。現実の自分と理想の自分はどんどん離れていく。そのうち何が理想で何が現実かわからなくなる。どっちが本当で、どっちが本当じゃないのか。いや、どっちも本当なのかもしれない。最早それすらわからない。

本気の思いをもって、何かに自分のもっている全てを、人生の時間をかけた人にしかわからない世界がある。誰にでもできることじゃないが、火花という作品に触れることで、少しだけそんな世界に自分自身の足を踏み入れることができる気がする。

第10話

悲しくて仕方がない。悔しくて、絶望的で、もどかしい。心がチクチクする。愛おしくてたまらなくなる。第10話は本当に美しい。この10話のために他の9話があったとしてもいいくらいの10話だ。

最終話の漫才はすごい。あんな瞬間に人生で触れられたら一生忘れないだろう。あんな瞬間を自分がつくったら、一生忘れないだろう。一生分の価値がある瞬間だ。

神谷さんはどうしたってかっこいい。かっこ悪いところもどこまでも人間をやっていて、どうしたって自分にはなれない人だから惹きつけられる。

徳永と神谷。こんなに純粋でまっすぐで、さみしがりやな2人がいるだろうか。2人が惹かれ合ったのは必然だと思う。

リアリティ

全ての映像が美しい。あらゆるシーンが、日常の描写が全ての映像が写真のように美しい。だから、展開が少なくても見ているだけできもちがいい。美しい映画を10倍の尺にして、ずっと見せられているようだ。

現実のように長いシーンがたくさんある。普通のドラマや映画なら10秒とかですませるシーンが5分くらいかけられている。本当にその場に自分がいるような気分になる。

自分

火花に出てくるたくさんの芸人たち。徳永と神谷以外は現実にフィットしようと必死に写った。至高を追求して、人に歩み寄らずとがりきると、人は孤独になるのだと思う。それでも認められるのは一握りの天才と、究極の努力の秀才だ。

徳永と神谷以外のたくさんの凡人達。その姿はこの作品を見る自分たちだ。その凡人の中で、うまいこと現実とのバランスを取りながら挑戦したり、現実にゆれもどったりしながら多分僕たちは生きている。

よほどの志がなければ、自分の中のものだけで人は生きられない。人によりかかりながら、歩み寄りながら、それでも時々僕たちは自分の中の徳永と神谷に正直に生きてみたりもするんだ。2人の歩んだ人生は僕たちの人生の背中を押してくれるから。ありがとう。


火花 予告編 - Netflix [HD]

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