【書評】『生きてるだけで、愛。』本谷有希子
いきにくさ
生きにくさを抱えたメンヘラの女がもがき続ける様を、一人称で語った小説だ。
こんな風に生きにくさを抱えながら、自分と、世界と、いや、主に自分と闘っている人はこの現代にもたくさんいる。
いわゆるメンヘラという言葉でかたづけてしまえば簡単だけど、どうしてこんなにも生きにくい人をたくさん生んでしまったのだろうと、思いをはせた。 社会的動物として生まれた人間が、その社会との距離感をうまく取れなくなるような仕組みを、我々は知らず知らずつくりだしてしまった。
あるいは、みんなにとって都合がよかったはずの距離感は幾人かの人にとっては、とてつもなく苦痛であり、万能ではなかった。
5千分の1秒
主人公寧子の、自分で自分を生きにくくおいやってしまう不器用さは読んでいてとても歯がゆい。でも、そんな様が、とほうもなく生々しく、現実に実在する女の心を覗き込んでいる気分にさせられる。
猛烈にもがくその無様なすがたから、人間らしい息ずかいが感じられて愛おしくなる。「生きてるだけで、愛。」と表題が語りかける。きっとそうなのだ。5千分の1秒を僕たちは日々、生きているのだ。
だれかの記憶に自分を刻み込もうとすること
ラストシーンの美しさは目をみはる。それは一人の人間が、誰かの中に必死に自分の存在を刻もうと願った儚さと、けなげさがありありと想像できるからだ。こんな風景が、日本中に溢れているんだろうと思うと、うまく言葉にできないけれど、むずむずする。もどかしさが、愛おしい。
この作品は現代の日本の若者の、ひとつの感情と風景をありありと切り取った作品として、社会が変わった数十年先に、歴史的古典なりうるだろう。